桜の咲くころ
「ハァ・・・・・・」

深呼吸して、大きく息を吐き出す。

疲れた・・・・・・。

窓から差し込む日差しが薄れ、夜の訪れを無言で語りかける。

少しだけ開けた窓から、ピューっと笛が鳴るような音を立てて冷たい風が吹き込む。

対面式のキッチンカウンターの上に置かれた、一対のマグカップ。

その役目を終えた今、それはただのオブジェだった。

「・・・あれもしまっておかないと」

リビングのソファーにゴロンと転がって、それを見つめる。

今まで、そこにあるのを忘れていたから。

目に付く場所なのに・・・あえて見ようとしてなかったって事かな。

自分の可愛さに、笑いがこぼれる。

「さーて。今日はお湯溜めて、温泉の元入れちゃおっかな~」

それに答えてくれる人間はいないけど、あたしはやけに楽しげな声を出す。

ヤケクソだったのかも知れない。

【ピンポーン】

気合を入れて立ち上がったと同時に部屋に響くチャイム。

インターポンを見ると、エントランスのランプが赤く点灯していた。

恐る恐る受話器をとる。

「はい・・・」
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