桜の咲くころ
「ミカコは？彼氏と住んでるとか？」

彼氏？

いるわけないじゃん。

アンタを待ってたんだよ。

胸に押し込めた言葉が飛び出さないよう、あたしは必死に他の言葉を捜した。

「一人暮らしだよ。あ、でもこれから彼氏がゴハン食べに来るの。だから…急いでるから、じゃ、またね」

嘘。

サトルは彼氏じゃない。

急いでなんかない。

やっと…やっと会えたのに。

連絡先も聞かないまま、あたしは逃げるようにシンに背中を向ける。

…女いるんだから、携帯なんて教えてくれるわけないんだけど。

聞いて断られたらショックだから、聞かない。

それからあたしは万引きダッシュか、と疑われるくらい走った。

あいにくカゴの中身は空だったし、追いかけてくる人間も誰もいなかった。

夕方の冷たい風が吹くなか、あたしは泣かないよう、さっきの姿を記憶から消し去るように無我夢中でマンションに向かって走り続けた。



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表紙・目次

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