桜の咲くころ
しばらくして、50代位の貫禄ある男の刑事さんがあたし達の前に姿を見せた。

生活安全課、って言ったっけ。

緊張して、よく聞き取れなかった。

紫陽花の描かれた白い小さな湯飲みを二つ、あたし達の前の机に置く。

「・・・で、ご相談とは?」

大きく開いた膝の上に両手を付いて身を乗り出す刑事さん。

自分の手元に置いた湯飲みをズルズルと啜りながら、終始黙ってあたしの話を聞いてくれる。

「・・・と、こんな状況で。仕事に行くのも怖くって・・・」

「なるほど、それは怖いですね」

顔を渋くゆがめて、やっと口を開いた。

「でもね、今までの話を聞いてると・・・確信的な事は一つも言ってないんですよ、彼は。

事件と言っても、前科も付かない痴話喧嘩だそうですし。

殺す、なんて物騒な事は、最近じゃ子供だって簡単に使うご時勢ですからね。

実際に、暴力を受けるとか、何らかの被害報告がなければ、ただの言葉の威圧で彼を検挙したり訴えたりは難しいと思います」

想像していた通りの、マニュアルでもあるかのような優等生の答え方。

「僕達は・・・市民の生活を守るなんて看板掲げてますが・・・無力です。何かがあってからしか動けない・・・。そんな組織なんですよ・・・。申し訳ないです」

大きな体を半分に折り曲げ、深々とあたしに頭を下げる。

シンも大袈裟に溜め息を付いて苦悶の表情を浮かべた。

「証拠です。脅迫めいた言動を録音したり、過剰な手紙などを提出してください。それがあれば、動きだせます」

頑張って、屈しないで、気をつけてくださいと。

まるで、戦場に送り込む人間を前にしてるかの言い草。

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