桜の咲くころ
想像していたのとは違う言葉に、あたしは驚いて目を開いた。

「・・・は?」

「嫌だったんだ、保育士」

「・・・何で?」

「だってさ、万が一、万が一だけど、ミカコの子供とかが入園してきたら嫌じゃん?そんでもって、毎朝旦那とかが送ってきて『よろしくお願いします』なんて言われたら、俺、保育士になった事を呪いそうな気がして」

照れ隠しなのか、ビールを缶のまま口に運ぶ。

顔が赤いような気がするのは気のせいだろうか?

それよりも、子供じみた理由が自分と重なっていた事に驚く。

あたしだって・・・小児科に行かなかったのは・・・。

「だから、フラッと一人で来たらいいなって、今の所に就職したんだー」

「・・・・・・」

ギュッと、心の奥の方を温かい手で優しく握られたような、切ない感覚。

「現実を受け止める余裕なんかねーし。自分の夢ばっか追いかけてバカみてーだけど、それでも俺の隣はミカコがいいなって・・・何言ってんだろ。酔ったかな、俺」

こんな優しい告白が他にあるだろうか。

こんな切ない告白をされた事が今までにあっただろうか。

こんな、自分を包み込むような告白を、あたしは知らない。

嬉しさと切なさが交じり合った涙が、ボタボタと目から零れ落ちた。

あたしを好きでいてくれた事が、心から嬉しかった。

あたしだけじゃなく、シンも同じ気持ちでいてくれた事が、本当に嬉しかったんだ。



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