桜の咲くころ
勢いを失ったサトルの視線が、ゆっくりとあたしを捕らえる。
目には生気がなく、あたしを見てるのか見てないのか分からないような目。
そして、その視線を下に落とすとナナちゃんに頭を下げた。
こんな姿に変えてしまったのは、あたしのせいなんだろうか。
いつかの冷酷さや猟奇的な感じは消えうせ、サトルの抜け殻を被った何かにも見える。
優しく笑ってくれた口元も、カサカサにひび割れて水分を失っていた。
ゆっくりと、あたしたちの横を通り過ぎる。
虚ろな目で、ただ前を見て――。
あたしを見る事無く、ただ歩くという動作をこなしてるようにも感じられる。
そもそも、何の用事でココに来たのか。
今までに、一度も足を踏み入れたことがなかったこの病院に、今さら何の用だというのだろうか。
・・・どこか、悪いのだろうか。
ゴクリと唾を飲み込みながら、そんな事ばかりを考えていた。
ゆっくりとした歩幅があたしの横に通りかかる。
異常なその男の動きを、ナナちゃんを初め、その場の皆が息を殺して見守っていた。
声をかけて止めるべきか。
いや、病気で診察を受けに来ただけなのか。
その微妙な見極めを、一同に考えている。
静まり返った受付に、足を擦って歩くサトルの足音だけが響いていた。