桜の咲くころ
「あれ、風呂、入ってた?」
「…ん、汗かいちゃって」
「汗?」
「全力疾走したから」
「何、運動会の練習?」
高そうな革靴を脱ぎながらサトルが冗談ぽく言ってあたしを見る。
「そ、医局対抗リレーの練習」
おもしろくも何ともない返事を、あたしは口元だけ器用に笑いながら返す。
それに対して、サトルは「ふーん」と興味を失ったかのように呟くと、玄関に立つあたしを正面から抱きしめた。
「ハンバーグの匂い、しないんだけど」
「肉の売り場が分かんなかったの」
「いいよ。じゃ、食べに行こう」
「…ごめんね」
「…何か、あった?」
「何で?」
「目、腫れてる」
あたしはサトルの胸に顔を埋めながら、静かに唇をかみ締める。