桜の咲くころ
「・・・なんで?」

見上げた先には、心配そうな顔で立つシンの姿があった。

登った太陽がシンの背中から当たって、光の中から現れたんじゃないかって錯覚を起す位、その姿はキラキラと目に飛び込んできた。

「何でって、俺は・・・仕事帰りだけど」

「・・・は?」

「だから、ミカコは何やってんだよ、こんな道端に座り込んで」

酔っ払いかと思ったよ、とシンは笑顔で言葉を続ける。

あたしは、まるで夢の中にでもいる気分だった。

会いたかった人が、あたしに笑いかけてる。

現実じゃない、あたしは夢を見てるんだ――。

夢なら――お願い、覚めないで――。

「家、この辺なんだろ?家まで頑張れよ」

夢の中のシンは、あたしが酔っ払ってると思い込んでるようだった。

「このマンションだけど・・・鍵がなくて、入れないの」

「は?落としたのかよ」

「カバンに入れたのに見つからなくて・・・どうしたらいいのか・・・」

ダメだ、喋ってるのに頭がボーっとする。

真っ白な濃い霧の中にいるみたい。

「こんなにゴチャゴチャ入れてっからだろ!ぶちまけるぞ?」

シンは、呆けたままのあたしの目の前で、カバンを逆さまにひっくり返す。

熱くなり始めたアスファルトの上に、バサバサっと紙が落ちる音とともに「チャリン」という小さな金音が響いた。

それは耳を澄ませてないと聞き逃しそうな位小さな音だったのに、それはクリアな音としてあたしの耳に入ってきた。
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