桜の咲くころ
ふぅ・・・。

唇を噛み締めていたからか、不思議と涙はこぼれてこなかった。

――仕方ない。

そう自分に言い聞かして立ち上がる。

とりあえず、シャワー浴びよう。

道路に手を付いていたから、手の平に砂が張り付いてザラザラだ。

手の平をこすり合わせるように動かして、あたしは一人、その感触に顔を歪めた。

そして、鍵をかけようとドアに手を伸ばしたその時――

ガチャッ

すごい勢いで指の先からドアが遠ざかっていった。

あまりにも突然の事で、あたしは前のめりになって不恰好にも膝を付く。

その一瞬の間に、いろんな事が頭を駆け抜ける。

強盗・レイプ・殺人

毎日の様に新聞やテレビで伝えられる犯罪。

女の一人暮らしは気を付けろ、とサトルが言ってた声と、ニュースの映像が頭の中をすごいスピードでグルグル回り始める。

「き・・・きゃ・・・」

人間、いざとなると声が出ないものなんだね。

助けを呼ぼうと声を出したいのに、喉の筋肉が萎縮して言葉が出てこない。

音量も、扉が開く音よりも小さかったのではないか、と冷静に分析するもう一人のあたし。

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