桜の咲くころ
そう言って、机の上に出しっぱなしにしてあった資料の表紙にボールペンで数字を書き始めた。

「あぁぁぁぁあ!!それ、仕事で使うのに!!」

医局にコピーして配る予定だったんだよ、と慌てて奪ってみたけど、時既に遅し。

見事に大きな字で11桁の数字が書かれた冊子を、あたしは目の前にかざして大袈裟に溜め息をついた。

どーすんのよ、もう・・・。

途方に暮れる一方で、あたしはそれをしっかりと胸に抱きしめる。

あたしとシンを繋ぐ、細い細い糸だから。

壊れないように、切れてしまわないように、飛ばされてしまわないように・・・。





この部屋に入った男の中で、あたしに触れなかったのはシンが始めてだ。

別に触れて欲しかった訳じゃないけど、何事もないまま玄関で見送った背中に、今までにない違和感を覚える。

違和感――。

違う。

安心感――。

あたしの体だけを求めに訪れる男と違って、シンはただ普通に話して笑って・・・。

求められて、自分の存在意義を知る為だけのセックスをして・・・そんな虚しい時間じゃなく、心がホッと一息つける時間が流れる部屋でもあったんだと、感じる事が出来た。

少し、救われた気がした。
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