桜の咲くころ
メタボ親父
医局の一番奥にある6畳ほどの個室。
山積みされた資料と丸イス、そして安っぽいスチール製のテーブルと灰皿が置かれている。
プライバシーガラス張りの大きな窓からは、初夏の太陽をたっぷり浴びた芝生が青々と茂ってるのが見える。
2階のこの部屋から見える中庭は、入院患者たちの憩いのスペースとして解放されていて、照りつける日差しを楽しむように散歩したり、思い思いの方法で過ごす患者達を眺める事が出来た。
元は、資料室として作られた部屋みたいだけど、今じゃ暗黙の喫煙ルームと貸していて、いつの間にか空気清浄機まで設置されてる親切な空間。
院内での喫煙は禁止されてるから、喫煙者にはこんなスペースが凄く有難かった。
「患者に禁煙を勧める医者が、こんな所で煙草吸ってていいんですか?」
紫煙を静かに吐き出しながら窓の外を眺めてると、扉を開けて前田先生がノッソリ顔を覗かせる。
「先生こそ、患者にメタボリック心配されるようなオナカで大丈夫ですか?」
あたしは、ワザとおどけた口調で言って丸イスを一つ差し出す。
前田先生は、口元だけニヤッと表情を変えると、お尻で器用にドアを押し開けて中に入って来た。
その両手には、自分専用の犬のキャラクターが描かれたマグカップと、あたしのマグカプが握られている。
そして、それをテーブルに置くと「お待たせしました、ご主人サマ」と首を右に傾けて笑顔で差し出した。
「先生、いつからメイドになったんですか!」
コーヒーの湯気が立ち昇るカップを受け取りながら、思わず笑いがこみ上げる。