桜の咲くころ
時計は6時。

待ち合わせの時間まで2時間もある。

一度部屋に帰ることも考えたけど、それはそれで面倒だったから、あたしはそのまま駅の周りをブラブラする事に決めた。

そもそも、待ち合わせの店を探す事が先決なんだろうけど。

適当に歩いてたら見つかるだろうと、そんな軽い気持ちで足を勧めていく。

JRが入った小さな駅ビル。

その足元はきれいに整備されていて、線路に沿うように昔からの商店や、花屋、カフェなどがレンガ敷きの歩道と一緒に並んでいる。

あまり電車を使わない生活だからか、あたしがこの界隈に来る事は珍しかった。

駅の裏に並ぶ居酒屋やバーも、患者と居合わせるのが怖くて寄り付かないし。

久しぶりに通ると、それはそれで楽しかった。

「あ、かわいい」

沢山のコンテナに植えられたハーブが出迎える一軒の雑貨屋。

開け放たれた入り口から、ふと目に留まったマグカップ。

白い肌に赤みが差したような、ふんわりとピンクが滲み出た白い陶器。

医局で使おうか、いや、家で使おうか・・・。

入り口に立ち止まったまま、そのカップの置き場を頭で巡らせてみる。

「良かったら、中へどうぞ?」

入りづらいと思われたのか、中から親切な店員さんの声があたしを中に導く。

「これ、珍しいでしょ?先日、フランスに買い付けに行って買った来たんですよ」

淡いベージュの長いカフェエプロンをつけた40代風の女の人が言った。

「キレイですね」

それに視線を向けたまま呟く。

「なかなか手に入らなくて、自分の分と、ここに置いてある分しか買えませんでした」

その女性は、おっとりと語ると、あたしの方を向いて優しく笑った。

一点ものですよ、なんて軽い営業トークとは違う、本当に雑貨を愛してるような・・・そんな口調。



< 49 / 206 >

この作品をシェア

pagetop