桜の咲くころ
患者に何かあった?

嫌な胸騒ぎを抱え、発信ボタンを押す。

「もしもし?」

「あ、ミカコ先生?前田です」

アタシの台詞にかぶせる様にして同じ医局の前田先生が話し始めた。

「あのさ、内科の採用医薬品リスト、知らない?」

「…は?」

「病院全体のじゃなくて、内科で使ってるやつ」

「…無くしたんですか?」

「そう。なくなっちゃた」

電話の向こうで舌を出して照れ笑いしてる姿が目に浮かぶ。

同じ内科の前田先生は、今年40歳になるベテランのドクターだ。

お茶目なキャラで患者には人気があるものの、どこか抜けていて医局メンバーはその尻拭いで忙しい思いをしている。

まぁ、憎めない先生なんだけど。

アタシは患者の急変じゃなくて良かったという安堵感と、半ば呆れた気持ちで息を付くと「外来の診察室の机にアタシのがありますから、どうぞ」と答えて電話を切った。



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