桜の咲くころ
「駅裏のピッコロって名前のお店なんだけど。居酒屋なのかバーなのかレストランなのか何も分からなくて」

「・・・駅裏・・・ですか?」

「うん、名前と時間だけしか聞かなかったから困ってるの」

「行った事ないんです?」

「そう、記憶の中では一度も。ここらで飲む事ないし」

モモカはあたしの目を見つめたまま、ホォと漏らすと「あたし、知ってますよ」と人差し指を唇につける。

その仕草のまま、少し考えて「地図書きますね」と手際よくペンを取り出した。

「その店、看板ないんです。隠れ家的なバーになってて。食事もいくらか出してるっぽいんですけど」

「バー・・・なんだ」

サラサラと、白い紙の上に引かれる地図を眺めながら驚く。

だって、こんな汚れを知らなさそうな子が『バー』なんて単語を、いや、そもそもそんな隠れ家的な店を知ってるとは思えなかったから。

夜の9時以降は、絶対外に出ないタイプだと思ってたのに・・・。

人は見かけに寄らないんだなぁーと、目の前でフワフワ揺れるモモカの髪を眺めて思った。


「はい、ここの路地が分かりにくいんですけど、頑張って行ってください」

そう言って、出来上がった地図を両手で差し出す。

やっぱり、こんな可愛い子がいいよなぁ。

普通の男だったら、絶対そうだよ。

可愛くて、親切で。

あたしでも、自分とモモカを並べたらモモカを選ぶと思う。

ありがとう、と微笑んで、手渡された紙をカバンにしまった。

モモカの首筋で揺れるペンダントのトップがさっきから目について離れない。

シルバーの華奢なチェーンの先にぶら下がるトップは、紛れもなくリングだった。

しかも、ペアで。

お揃いで買って、仕事上付けれないから持ってて、みたいな感じ?

うちの外科のドクターもリングは付けてないしね。

ま、いいんじゃない?

なんて寛大な心で視線を戻すと、じゃぁ、またね、ありがとうと先に席を立った。
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