桜の咲くころ
「お待たせしました――」

そう言って差し出されたメニュー表。

黒い皮製の小さなもの。

あたしは「ありがとうございます」と手を差し出し、バーテンに微笑むべく顔を上げた。

「―― っ」

今日に限って――何で――。

天を、そして自分を呪った。

黒服に身を包んでメニューを差し出してるのは、シン本人だったから。

モモカといい、シンといい・・・あたしを待ち伏せしてからかってる様にしか思えない。

焦りと落胆で、口をパクパクさせてるのに、当の本人はしれっと知らん顔だ。

あくまでも、店員とお客の関係を崩さない。

それよりも、あたしの事なんて気にてないだけなのか――。

「お決まりになりましたら、声をお掛け下さい」

そう言って頭を下げ、忙しく次の仕事に取り掛かる。

帰りたい――。

息が詰まりそうなこの空間から、早く逃げ出したい。

またしても、あたしは逃げる事を考えてた。

逃げる?

どうして逃げなきゃいけないの?

あぁ・・・、サトルと一緒にいるのを見られたくないからか。

でも、いいじゃん。

モモカがシンにはいるんだし。

別に純粋ぶる必要も・・・ない・・・わけで。

いっそ、イチャイチャするなりして・・・自分の気持ちにブレーキをかける状況を作ればいい。
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