桜の咲くころ
さっきまであった、あたしの希望が詰まったマグカップ。

応援してくれるって、叶いますよって魔法をかけてもらったマグカップ。

なのに、あたしはそれを手放した。

自分に自信がなかった。

持つべき資格がないと思った。

グルグル回る目の前の闇。

目を開けてるのか、瞑っているのかさえ分からない。

あぁ・・・前田先生が当直で良かった・・・。

患者さんに何かあっても・・・先生なら安心して任せられる・・・。

あたしには・・・恋も仕事も・・・自信がないよ。

あたしじゃなくても・・・代わりは沢山いるでしょう?

このまま、消えてしまっても誰も気が付かないでしょう?

あぁ・・・やっぱりあたしは一人ぼっちなんだなぁって思った。

夏のベッタリと湿った空気が、このままどこか深いところに引き込んでくれたら・・・なんて考えていた。





ピッコロの店を出た路地裏で、あたしはその場にしゃがみ込む。

明るい駅前の通りには出たくなかった。

もう少し、この暗闇に身を置いていたかったから。

マグカップを、二人が使う様子を想像してはかき消す。

頭をブンブン振って、渡したのは自分じゃないかと責める。

頭を振りすぎて、余計に酔いが回り始めた。

・・・やっぱり。

・・・やっぱり、あげるんじゃなかった。

後悔しても、もう・・・遅い・・・。
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