桜の咲くころ
「大丈夫?」

ふと、真上からかけられた声に顔をあげた。

「あ・・・」

さっき、店にいたサラリーマン風の親父。

「相当酔ってるみたいだけど、帰れる?」

優しく問いかけてはいるけれど、この親父の腹の中なんてお見通しだ。

きっと、介抱するフリをしてホテルに連れ込もうと思ってるんだろう。

しゃがみ込んで足の自由が利かなくなった体に、親父の手が触れる。

近くで吹きかけられるアルコールの息に、思わず顔を背けそうになった。

「大丈夫です。休んでるだけです・・・」

この格好で休んでるって言い訳は無理があるだろう、と分身があざ笑った。

案の定、

「休むなら、もっとちゃんとした所で休まないと」

という興奮した親父の問いかけ。

もう、どうだっていいや――。

「僕が連れてってあげるから――」

もう、ここでズボンを下ろしそうな勢いの親父があたしの腕を上に引っ張り上げた。

「すみませんが、俺の連れなんで」

その声と同時に後ろによろめくエロ親父。

後ろから肩を掴まれたようで、二人の力で引っ張り上げられた形になったあたしは、踏ん張る力もなく、そのまま引っ張られた方向に倒れこむ。

パフッ。

あたしは、誰かの腕の中にスッポリと納まった。

その誰かは、足元で引っくり返ってる無様な親父ではないことは確かで。

じゃぁ、誰なのかと顔を上げたいんだけど、しっかり体を抱きしめられて身動きが出来ない。

サトルが戻って来た?

もう連れ戻しに帰って来たの?
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