桜の咲くころ
「はぁ・・・送ってく。マスターに言ってくるから、待ってろよ」

戻った視界にあるのは、呆れたシンの顔で。

前髪の間から、汗がキラキラ光ってるのが見えた。



走って行ったと思ったら、すぐシンは戻って来た。

バーの制服から私服に、一体何秒で着替えたのだろう?

早着替えの選手だったら優勝だなぁなんて思ったら、笑いがこぼれた。

「何笑ってんの?そんなんだから、変な親父に絡まれるんだって」

乱れた髪を掻き揚げて、怒った顔をする。

「タクシー拾うから。歩ける?」

「・・・タクシーは吐く・・・」

あの独特な車の匂い。

思い出しただけでも胸が焼ける感じ。

あの匂いが、あたしは苦手だった。

「頑張るから・・・歩くから・・・ね?」

シンの目を見つめてお願いする。

すると、諦めたように「じゃ、歩くぞ」とあたしの手を引いた。

ギュッと離れないように繋がれた手。

嬉しかったけど、何故か淋しかった。



「こんな事になるなら、飲むんじゃなかった」

「へ・・・?」

「客に勧められてウォッカ飲んだから、メチャメチャしんどい」

「・・・ゴメン」

「ま、お前のおかげで早く上がれたけど・・・明日は早出して仕込み手伝わないとな」

「・・・ゴメン」

あたしの軽率な行動が迷惑をかけたんだと、胸を締め付ける。

でも、謝るしか出来なくて・・・。

シンに対しても、モモカに対しても、申し訳ない気持ちで一杯だった。

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