桜の咲くころ

革靴と黒

あたしが押し開いた扉の前に立っている男。

今まで見た事のない、冷たい目。

「やっぱりな・・・」

無表情のまま、あたしだけを見つめる。

「おかしいと思ったんだ。俺が連絡しないのに、ミカコは何の疑問も感じない。変だろう?だから、他に男がいるんだろうって確信した」

「誤解だよ。第一、付き合ってるとかじゃないし、そんな事言われる筋合いない」

「確かに。お前とそんな話をしたこともないしな。でも、お前は俺のものだろう?」

表情を変えぬまま、ただ据わりきった目をして言葉を投げかける。

初めて、この人を怖いと思った。

さっきまでの酔いが、完全に冷めてしまう位。

「あたしは、誰の物でもない」

声が震えないよう、静かに相手を見据える。

「俺の物だよ?だって、俺に抱かれただろう?いっぱい、愛してる、って言ったの知ってるだろう?」

口元に、薄笑いを浮かべて。

この男・・・おかしい。

今までの優しい姿は微塵も感じられなかった。

ただそこに立って薄笑いを浮かべてるのは、猟奇的な何かを内に秘めた冷酷な人間――。

「この――さっきの店のバーテンを今日はたぶらかしたのか」

チラリとシンに冷たい視線を向け、再びあたしの顔を刺すように見つめる。

「違うっ――」

それ以上、恐怖と混乱で言葉が出なかった。

シンの前で、そんな事言わないで・・・。


< 79 / 206 >

この作品をシェア

pagetop