桜の咲くころ
扉を閉めなさい、と、あたしの頭は警告を出し続ける。

でも、体が固まって扉を閉めるどころか指先一つ動かせないのが現状だった。

「あのー、あんた、どうやって入ってきたの?」

あたしの半歩後ろでやり取りを見ていたシンが口を開いた。

・・・そうだ。

このオートロックのエントランス・・・勝手に入ってくるなんて・・・

「簡単だよ」

不可能だ、そう思いかけた時、サトルは口の端をニヤリと持ち上げてあたしの考えを打ち砕いた。

「そんな事、少し頭を使えば簡単だよ。特に、僕みたいに営業をしてればね」

こんな深夜に、一体どんな手を使って入ってきたというのか。

想像しただけで、悲鳴をあげそうになる。

「お願い、帰ってっ!!もう、来ないで!!」

気が付いたら、両腕でサトルを突き飛ばしていた。

高そうなスーツに守られた彼は、あたしの力位ではビクともしない。

「・・・ミカコ?」

ふと、柔らかい声に戻ったサトルが伸ばした両腕を優しく掴む。

「・・・・・・」

「お前が、僕を選んだんだよ?そして僕も君を受け入れてあげた。だから、僕を裏切ったら――殺すよ?」

――あまりの恐怖に、力が抜ける。

両腕を掴まれたまま、あたしは生ぬるいコンクリートの上に膝をついた。

・・・コロスヨ。

優しい眼差しで放たれた言葉。

あたしの胸を突き刺すには、充分すぎる大きさだった――。
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