愛・地獄変 [父娘の哀情物語り]
「ふん!分かったものですか。
あとからならば、何とでも言えますでしょう。
いくらでも言い訳できまするぞ。
そんなことより、わたしが許せないのは、許せないのは、嘘を吐かれたことです!」
「何ですの、嘘って。
あたしは、嘘を吐いたことなどありませんよ。」

「しらばっくれるんじゃありませんぞ!
妙、妙子は、一体誰の子なんです!
わたしの娘だとは仰らないでください。
ふん、わたしは知っておりますから。
あの国賊の娘なんでしょうが!」

「な、なんてことを!
あなた、気は確かですの?
呆れたお人ですね。
言うに事欠いて、先生の娘だなんて。
正真正銘、あなたの娘じゃありませんか。」

 しかしどうしても認めませんのです。
厚顔無恥でございますよ。
まったく人倫にもとる妻でございます。
多少の嘘は良しとしても、この嘘だけは許せません。
いえ、正直に話してくれさえすれば、わたくしだって鬼ではありません。
ありませんし、妙子も可愛い娘でございます。
妻が、正直に認めて、私に謝ってさえくれれば・・

 結果、わたくしたち夫婦の家庭内別居が始まったのでございます。
食事の支度こそしてくれますが、わたくし一人のわびしい食卓でした。
以前も確かにひとり食事ではございましたが、あれこれと世話を焼いてくれておりましたのに。

まあ確かに、妻に告げることなく、朝を一時間ほど早めは致しましたが。
膨れっ面など、見たくもありませんですから。
それに顔を見るとつい
「あの男が今でも忘れられませんでしょうな。」等々、口に出してしまいそうでございます。

当初こそ否定していた妻ですが、程なく口を利かなくなりました。
認めたも同然でございます。
いえ実は、認めたのでございます。
「はいはい。
そういうことにしておいてくださいな、馬鹿々々しい。」
「そらみろ、やっぱりじゃないか!」
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