愛・地獄変 [父娘の哀情物語り]
 その後も、何やかやと娘は私の世話を焼いてくれます。
妻は目を細めて、いえ冷ややかな目でそんな私たちを見ております。
その頃には床上げも済んでおります。
そして朝食の用意もしておりました。
は?ぐふふ、いえいえご心配なく。
娘は私と一緒を選んでおります。
妻はそそくさと部屋に戻っていきます。
小憎たらしいことには、娘にはにっこりと微笑みかけながらも、私とは目を合わせようとしません。

 ある夜のことでございました。
娘がいつものように私の体を気遣っている時、妻が私の部屋に入るや否やキッとした険しい目で娘を睨み付け、悪態をついて娘を追い出しましたのでございます。
何と言いましたか、うーん、はっきりとは覚えておりませんのですが。
「いい加減にしなさい!」とか何とか、そんなことだったと・・思います。
えっ?そ、それは・・。ひょっとしたら、
「その辺にしときなさいね。
明日、早いんでしょ?」だったかもしれません。

 しかし、しかしです。
私が見た妻の顔は、それはもう、恐ろしい形相でございました。
その昔、まだ赤線というものがありました頃のことでございます。
亭主を寝取られたと、娼婦のもとに出刃包丁を手に乗り込んできた半狂乱の女が居たと聞き及んだことがございます。
その女の形相が、妻を見た時はっきりと思い浮かべられましたのでございます。

 もっとも、無理もございません。
まだ三十路も半ばの女盛りでございます。
夫婦の契りを断って、一年近くの月日がたっております。
妻とて女に違いはないのでございますからな。
わたくしが悶々とした夜をすごすのでございます、妻とて然りでございましょうて。
でまあ、娘の為によりを戻そうとしてはみるのですが、やはり口論となってしまいます。
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