愛・地獄変 [父娘の哀情物語り]
 ここで少し大木様のことをお話しておきましょうか。
なぜにこれ程までにあたくしのことを気遣っていただけるのか、皆様ご不審のことでしょうから。
先にもお話したと思いますですが、お世話になりましたご主人様のお店のお隣にお住まいでございました。
ご主人様とも華族同然のお付き合いをされていたお宅でございます。

 ご職業ですか?はい、官吏様でございます。
なんでも、お父上も官吏様でしたとか。
ですので、大木家といえば、あのご町内では知らぬ者が居ないお宅でございます。
ご家族様は、四人家族でいらっしゃいます。
ご長男はもう独立なさっておられます。
いえいえ、官吏様ではございません。
大工さんでございます。
えぇそりゃもう、ひと悶着ありましたそうで。

「勘当だ!」
「あぁ、結構!逆勘当してやるよ!」
 売り言葉に買い言葉でございましようけれども、逆勘当などという言葉があるのでしょうかな。
しかしまぁ、あの戦争で家を失ってしまわれた大木様に
「俺が建て直してやるよ。」と、声をかけられたのです。
奥様は大層のお喜びでしたが、どうにも大木様のご機嫌が悪く
「お前のような半人前に建て直してもらうくらいなら、このバラック小屋で十分だ。」と追い返されてしまったとか。
中々に頑固なお方でして、奥様も嘆いていらっしゃいます。
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