愛・地獄変 [父娘の哀情物語り]
(六)合宿先で
 さぁそれでは、娘のお話を致しましょうかな。
わたくしの命とでも言うべき、愛する娘のお話を。
よろしいか!愛すると言いましても、娘でございますぞ。
えぇえぇ、娘でございますからな。
わたくしはですな、勿論作業場でございますよ、はい。

上菓子の製作に汗を流しております。
お通夜のお宅がございまして、そのご用意をさせて頂いております。
と申しましても、殆どが出来上がっております。
箱詰めの作業に勤しんでおりますところでした。
ひと休みしたいのでございますがな、正直のところは。

 妻と娘がですな、仲睦まじくしている所など、見たくもありませんですからな。
なあにもう暫くしましたらば、妻が店の方に出てまいりますですよ、はい。
そうしましたらば、わたくしめが娘と談笑するのでございます。
どんな話かと申されましても、ハハ、他愛もない会話でございます。

「毎日暑いけれども、体は大丈夫かい?」
「うん。」
「今日は出かけないのかい?」
「うん。」
「そうかい、家に居てくれるん・・」
「ごめん、約束があるんだったわ。」
 とまあ、こんな調子でございますよ。
えぇえぇ、以心伝心でございますとも。
長々と会話をする必要など、まったくございませんから。
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