愛・地獄変 [父娘の哀情物語り]
 ふふん。
しかし、あなた方とてそのような気持ちを抱かれたことはある筈です。
よもや無いとは言われますまい。
まして、血の繋がりの無い娘でございます。
わたくしの立場でしたら、あなた方だって、きっと、きっと。
ふふふ。
申し訳ございません、取り乱してしまいました。
お話を続けましょう。

 その翌日、勿論娘をまともに見られるわけがありません。
その翌々日も、そして又その次の日も、わたしは娘を避けました。
しかし、そんなわたしの気持ちも知らず、娘は何かと世話をやいてくれます。
そしてそうこうしている内に、結納も済み式の日取りも一ヶ月後と近づきました。

娘としては、嫁ぐ前の最後の親孝行のつもりの世話やきなのでございましょう。わたしの布団の上げ下げやら、下着の洗濯やら、そして又、服の見立て迄もしてくれました。
妻は、そういった娘を微笑ましく見ていたようでございます。
何も知らぬ妻も、確かに哀れではあります。

 しかしわたくしにとっては、感謝の心どころか苦痛なのでございます。
耐えられない事でございました。
一時は、本気になって自殺も考えました。
が、娘の
「お父さん、長生きしてね!」の言葉に、決心が鈍ってしまうのでございます。本当でございますよ、本当でございますとも。
娘にお聞きください、妻にお聞きください。
実際に包丁を手首に当てたのでございますから。

 台所でございます。
流しに手を入れて、必死の思いで包丁を当てたのでございます。
何故と言われますか?
噴出す血を流すのに、一番の場所ではありませんか。
お風呂場?なるほど、お風呂場でございますか。
それは思い付きませんでした。
そうですな、お風呂場が良かったかもしれません。
さすれば二人に気付かれずに、成就したかもしれませんな。

 実はお恥ずかしいことに、使い慣れない包丁でございます。
背の方を手首に宛がっておりました。
ですので、切れないのでございます。
まったくお恥ずかしいことです。
そうこうしている内に、わたくしめの唸り声を耳にした二人が・・。
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