愛・地獄変 [父娘の哀情物語り]
 とうとう、結婚式の前夜がやって参りました。
式の日が近づくにつれ平静さを取り戻しつつあった私は、暖かく送り出してやろうという気持ちになっていました。
が、いざ前夜になりますと、どうしてもフッ切れないのでございます。
 
いっそのこと、あの合宿時の忌まわしい事件を相手に告げて、破談に持ち込もうかとも考え始めました。
いえ、考えるだけでなく、受話器を手に持ちもしました。
ハハハ、勇気がございません。
娘の悲しむ顔が浮かんで、どうにもなりません。
そのまま、受話器を下ろしてしまいました。 

 妻は、一人で張り切っております。
一人っ子の娘でございます。
最初で最後のことでございます。
一世一代の晴れ舞台にと、忙しく動き回っております。
わたしはといえば、何をするでもなく、唯々家の中をグルグルと歩き回ります。幾度となく、妻にたしなめられました。
仕方なく、寝室に一人閉じこもっておりました。

 どうしたことでしょう、涙が、涙が止まらないのです。
娘を嫁がせる寂しさ?そう思いました。
それが当たり前のことでございましょう。
ですから、そのように思おうとしました。
ところが、ところが、頭に浮かぶのは・・。
今さらこんなことを申し上げても、恐らくは信じてはいただけないでしょう。
わたし自身が、信じられないのでございますから。

 アハ、アハ、アハハハ。
どうして妻の為に、涙を流さねばならぬのでございましょうか。
どうして妻の顔が、あれ程にわたくしめを貶めた、妻の顔が・・・。
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