愛・地獄変 [父娘の哀情物語り]
 身振り手振りを交えての熱演でした。
熱演などとは、ご老人に失礼でした。
しかしその話に皆さんが引き込まれていたのは確かでございました。
ご老人が一息吐かれる度に、皆さんも一息吐くといった具合でした。
そしてお話が終わると同時に、ご老人と同じようにがっくりと肩を落とされたものでございます。

 まあ何にしろ、これで終わった、ご老人が退席されるものと、皆一様にほっとした表情を見せました。
が実は、これからだったのです。
これからご老人の、哀しい物語りが始まっていくのでした。
ふと気が付きますと、ご老人がさめざめと泣いておられました。
最前列の貴子さんが
「どうしました、大丈夫ですか?
どなたかお家の方に連絡を入れましょうか?」と、声を掛けられました。
と、かっと目を見開いて、怒ること怒ること。
「なに!誰を呼ぶと言うんじゃ!
妙子か、それとも小夜子を呼んでくれるとでも言うのか?
おうよ、面白い。
呼べるものなら呼んでみよ。
おゝ、面白い。呼んでみよ!」

 貴子さんも、唖然とされています。
どんな気に障るようなことを言ったのかと、思われているようです。
「いえそんな・・あたしは、ただ・・。
ねえ、あんた。何とか言ってよ。」と、お隣に座られているご主人に助けを求められました。
「まあ、いいわ。
皆さま、お騒がせして申し訳ありませなんだな。
では、わたしの話を聞いて頂きましようかな。
わたくしめと愛娘妙子との、それはそれは哀しいお話を。」

 穏やかな表情に戻られたご老人、静かな口調でございました。
が、皆さまはうんざりと言った表情でございます。
しかしここで又声をかければ、それこそ何を言いだされるか分かりません。
やむなくご老人の話を聞くことになりました。
 ♪梅は咲いたか、桜はまだかいな。
あ、ちょいちょい♪と、突然また歌いだされたご老人でした。
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