つないだ小指

金曜の休憩の時間に新室長に声を掛けた。


「室長すみません、今日は半休いただきます。」


「ああ、明日でしたね。私も参加させていただきます。」


「折角の休みにすみません。」


「いやいや、上司になって間もないのに光栄ですよ。

 あなたとは、なかなかお話しできなかったのですが、

 父がよろしくといっていました。

 あなたの婚約の話を聞いて残念がっていましたよ。」


「え?お父様?」


「一度ここで、話されたでしょう。鹿児島支社の、」


「あ、父の知り合いの方ですね。覚えています。

 私の入れたお茶をほめてくださいました。」


「そうです。あなたのことをひどく気に入って、

 帰ってからはあなたの話ばかりです。

 父は私と結婚させたいと思ってたらしいですよ。」


「そんな、一度お話ししただけです。」


「でも、会って父がなぜそんなに気に入ったのか分かりましたよ。」


「?」


「私も、あなたに一目ぼれしましたから。」


 穏やかな室長の顔が、悪戯っぽく笑って


「冗談ですよ。」


といったが、瞳の奥の冷たいまなざしにドキンとした。


『この人は危ない』

そう感じた。


「失礼します。」

あわてて、ラボを後にした。


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