記憶混濁*甘い痛み*
季節は巡り、ホスピスの周りの木々は葉を落とし、冷たい風が吹き始めた。
友梨はいつからか日課になった午後の散歩に出かけていた。
どうして病院の敷地内から出てはいけないのかは解らなかったが、深山咲の実家と同じように広い病院の庭に不満もなく、友梨は毎日をそれなりに楽しんでいた。
「まあ可愛い…」
いつもと違う散策コースで山葡萄の木を見つけ、友梨の顔がほころぶ。
「とったりしないから、香りだけ楽しませてね」
ヨイショ…と、背伸びをするものの、山葡萄の蔓はしなり、なかなか友梨の手に下りてこない。
えいっ…と、ジャンプをしても、残念ながら運動神経には恵まれていない友梨。
身体の傷がそう痛む事はなさそうだが、どうにもうまくいかない様子。
------と、そこに。
「…友梨…?」
と、自分を呼ぶ声。
芳情院ではない異性の声で名前を呼び捨てにされた事に驚いて、慌てて振り向く。
「……条野さん」
友梨は、ほんの少し困った顔をした。
このひとに逢うと、何だか不安な気持ちになる。
お兄様みたいに安心出来ない。
お医者様みたいな良く知る他人とも感覚が違う。
……少し、苦手。