記憶混濁*甘い痛み*
------仕事から帰ると、軽い目眩。
和音は自宅の扉の前で膝を崩してうずくまる。
目眩はコメカミの痛みを呼びさまし、広がる痛みに息がつまる。
最近過剰摂取気味の頭痛薬をジャケットのポケットから取り出し、ガリガリと噛み砕く。
『ダメよ和音先輩…お薬はグラス一杯のお水と飲まないと』
困ったように、けれど優しく微笑みグラスを差し出す友梨の姿が目に浮かぶ。
ありがたく受け取っても、痛みで苛立ちをぶつけても、同じように優しく抱きしめてくれた。
『疲れてるの?はやく休んで下さいませね』
穏やかに気遣い、怒りに気付かないフリをする。
どこまでも優しい女性。
ほんの少しだけひいた痛みの分だけ、友梨のいない虚しさが心にしみてくる。
和音は扉にもたれるように立ち上がると、施錠を外し扉を開けて、朝起きたままになっているベッドに崩れ落ちた。
この部屋にもこのベッドにも……友梨の甘い香りはしない。
当たり前だ
この部屋に友梨が訪れた事はなく、このベッドに友梨が触れた事もない。