記憶混濁*甘い痛み*

------その日。


病院から出てみると、まるで友梨の心の迷いのように雲は低く、今にも雨が降りそうな空模様だった。


友梨は、以前和音と逢った場所に向かっていた。


逢えるとか逢えないとか、そういう事ではなく

ただ、彼の面影を探したかった。



ちゃんと会話をした事なんて、多分数える位しかない。


私が彼の事を知っている事なんて、それこそ笑える位僅かなもの。


例えば 


私と同じ名前の、奥様がいた事。


何かしらの理由で(多分)奥様を亡くされている事。


大学院に通いながら、お仕事をされている事。


ほぼ毎日(何故かは解らないけれど)病院に通っている事(男性にしてはめずらしく偏頭痛持ちらしいけれど、それが関係しているのかどうかは不明)


狩谷先生と、親しい事。


優しい瞳を、している事。


切ない微笑みしか、見せない事。


綺麗な顔が、時々寂しそうに見える事。


甘い声を、している事。


甘い声で、私を呼ぶ事。


『深山咲さん?』


……って、確かめるように、私を呼ぶ事。




「……深山咲さん?」


そう、こんな風に……
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