記憶混濁*甘い痛み*
人が生きるのを止める事なんて、簡単だと思う。
信じていた男に裏切られただけで手首を切る女もいれば、いじめられた相手への嫌がらせで、首を吊る子供もいる。
『精神科医なんて職業は、おかしくないとやってられない』
そう言った同僚は、半年後に湖へと沈んだ。
ブルックリンに桜が咲く、穏やかな春だった。
……きっと桜の精に取り込まれてしまったんだ。
笑いながら、彼の父親が泣いた。
生きてゆく事に疑問をもたず、ただ毎日を当たり前のように消費出来る強さを持つ者。
去り行く日々の侘びしさにさえ、魂の憂いを感じ、時の砂を止める弱さを持つ者。
生きることに意味を持たず、執着心さえ持たずに涅槃へと旅立つ自由な者。
生きることが正解なのか、旅立つ者が勝者なのか、正直、狩谷にも解らなかった。
けれど、生かすのが、医師だと教わって、患者とは関わってきた。
------それが、仕事だったから。
条野(深山咲)友梨も、狩谷にとってはその中の患者の1人に過ぎなかった。
日本の友人からの、紹介を受けただけの。
そう。
この、瞬間までは。