記憶混濁*甘い痛み*

『解らないよ。解るのは、和音が痛んでいる事だけだ。そして友梨は、今の君を見ても微笑まない。こんな和音は見たくないと思う』


「……」


和音にかまわずに、忍は言葉を続けてゆく。


『友梨は、静かだけど優しく聡明な女性だったよね。オレさ、子供と引き換えに彼女の命が消えた後の話を……一度だけされた事があるんだよ「優しい分だけ弱くて繊細なひとだから、和音先輩には支える女性が必要なの。もしもの時は、お願いします」って。そう言っていた』


「それは!」


……それはきっと、友梨の、精一杯の強がりだ。

本来の友梨は愛情に欲深い寂しがり屋な女だ。本心から、そんな台詞が言える筈もない。


------だが、忍はさらに。


『あんな事が起こる一週間くらい前にね。オレにだけお願いしておくと泣きそうな声で、電話をかけて来てくれた。今思えば虫の知らせみたいなものだったのかな。オレは、友梨との約束を守りたい』


と、言い切った。


「……友梨は生きてる」


振り絞るような声で、和音。


ジリジリと、声帯が締め付けられるように痛い。


『君の愛した友梨じゃない』


「オレが!友梨を覚えてる……!他の女なんて欲しくない!」
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