二人の物語
「沙奈、来たんだ」
縁側でアイスをくわえて寝転がっていた私の視界に、従弟がひょっこり現れた。
見上げると喉仏とか剃り残しの鬚とか見えて、幼い頃から知っている私としてはなんだか落ち着かない。ていうか、いたたまれない。
それは、今、一番見たくない“顔”だからだ。
私はそのまま口を動かす。

「ひひゃ、わるひんはい」
「聞こえねぇよ」

従弟は私の口から突き出ている棒を掴むと、なんの躊躇もなくそれを自分の口へと運んだ。
私はそれを視線で追って、慌てて飛び起きる。

「最後の一本!」

祖母が私達の為に買っておいてくれるアイスが、今日に限って一本しかなかったのだ。
次々とやってくる親戚達に隠れて、こっそり楽しんでいたというのに!
「康! 返してよ!」
けれどいつの間にか私より背の高くなった康からそれを取り返す事が出来ず、伸ばした私の手はあっさりかわされてしまった。



康は少しずれた眼鏡を直しながら、呆れた表情で私を見下ろす。
「子供みてぇ」
「うるさいな。ったく……」
肩を落として縁側に腰掛けると、その隣に康が座った。

その横顔に溜息をつきながら、そーいえばと最初の疑問に戻る。
「来ちゃ悪かったわけ?」
「失恋中かなと」
何でもない様な顔で覗き込まれると、なんかいたたまれないんですけどー。
「……その顔で言わないでくんない?」
つい、憎まれ口を叩いてしまう。
康は、仕方ないだろと目を細めた。
「沙奈が好きな翔と俺は、双子なんだから」
会うのを楽しみにしていた翔は、彼女が出来たとかで来なかった。
しかも、それを嬉しそうに電話で連絡してきやがった。
人の気も知らないで。
私は悔しさを押し込めながら、軽口に聞こえる位の口調で笑う。
「やっな奴ねぇ、康って」
「そうか?」
くすりと笑う康を一睨みしてそっぽを向くと、ふわりと頭に大きな温もりと重みが落ちた。


「同じ顔なのに、俺に対してはまったく意識しやがらねぇのも嫌な奴だと思うけど」

「は?」


意味の分からない言葉に思わず顔を上げると、康と目が合う。


「そーいう事だから」


そーいう事?


「だから。……そろそろ俺を見ろって」


意味深なその言葉に、真っ赤になって固まった。

決して惚れやすいわけじゃないと自分に言い聞かせながら、俯いて頬を両手で挟む。




――今年の夏休みは、いつもと違うものになりそうだ……
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