祐雫の初恋

「失礼いたします。

 嵩愿さま、少々よろしいでしょうか」


 祐雫と慶志朗の間を裂くように、紳士が、慶志朗に名刺を渡す。


「菅野さま、すぐに参ります」


 慶志朗は、紳士から名刺を受け取ると、小さなメモを祐雫に手渡した。


「申し訳ありません。

 今宵も祐雫さんとの時間が持てそうにありません。

 この埋め合わせは、近々必ずします」

 
 慶志朗は、祐雫に対して親愛の笑みを浮かべた次の瞬間、

きりりとした精悍な表情へ変えて人波に呑まれていった。


 小さなメモを受け取った祐雫は、目前で宝物を逃した気分に陥り、

小さなメモを胸に抱(いだ)いて、

慶志朗の背中が人波に消えるのを見つめていた。

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