祐雫の初恋
「祐雫さん、
向こうに雷雲が出ています。
しばらくすると近付いてきそうですよ」
慶志朗は、遠くの水平線を指差した。
「えっ、雷雲でございますか」
祐雫は、きょとんとして、慶志朗の指し示す先を見つめる。
確かに暗い雲が、僅かに湧き起こっていた。
「さぁ、雨に降られる前に下へ行きましょう」
慶志朗は、祐雫の手を取り、階段を下った。
階段の途中で、明るかった空が掻き曇って、辺りが暗くなる。
階段の中ほどの踊り場で、慶志朗は、歩みを停めた。
「ここでしばらく、待ちましょう」
踊り場の窓硝子には、大粒の雨が叩きつけられていた。
屋外の庭師たちが、一目散に納屋の軒下へと走って行く姿が見えた。
遠い雷鳴が稲光とともに近付いていた。
慶志朗は、窓の外を見上げて、祐雫を抱き寄せる。
「通り雨なので、すぐに治まるでしょう。
祐雫さんと逢うと、雷によく遇いますね」
慶志朗は、いたずらっぽい笑みを浮かべる。
祐雫は
(このような雷の時にそのように冷静におっしゃられても……)
と、窓辺ではなく、早く階下へ下りたい気持ちが逸(はや)っていた。
慶志朗は、胸に抱(いだ)く祐雫の香りをいっぱいに感じていた。
(あの夏と同じ桜の香りがする)
「これくらいの雷に怯えていては、世界中の財宝が奪われてしまいますよ」
慶志朗は、いたずらっぽい笑みを増して、祐雫を見下ろす。
祐雫が怖がっている表情を楽しんでいるように思えた。
「嵩愿さまは、祐雫が雷嫌いということをご存じでございますのに、
意地悪にございます」
祐雫は、慶志朗の胸から顔を上げて、慶志朗を見つめる。
すぐ近くに慶志朗の顔があり、祐雫は、ドキッとする。
心臓の音が雷鳴と呼応して鳴り響いた。
祐雫には、雷鳴よりも自身の心臓音の大きさが勝っている気がしてならない。