祐雫の初恋
「こんにちは。
私こそ、別荘の敷地にまで入り込んでしまいまして、
申し訳ございません」
祐雫は、ぺこりとお辞儀をした。
「東野家の方ですか。
毎日、テニスコートから華やかな声が聞こえていますね。
香さんには、妹さんはいらっしゃらなかったはずですが」
慶志朗は、記憶の引き出しを顧みる。
「従妹の桜河祐雫と申します」
祐雫は、身に付けている綿ローンのワンピースの透け感が気になって、
赤面しながら会釈を返した。
「桜河電機の……
兄上にはお会いしたことがあるけれど、
噂の通りそっくりですね。
あっ、失礼、
ぼくは、嵩愿慶志朗(たかはら けいしろう)です」
慶志朗は、温厚な優祐の顔を思い浮かべて、祐雫と重ね合わせていた。
「優祐(ゆうすけ)、いえ、兄をご存知でございますか」
祐雫は、自身の知らない世界の奥深さを感じて、
優祐に後れをとった気になった。
「晩餐会で、幾度かお会いしました。
桜河電機の会長が必ず横に連れていらっしゃいますからね」
慶志朗は、会長である桜河啓祐(さくらかわ けいすけ)が
孫の優祐を育んでいる微笑ましい様子を思い出しながら、
目の前に現れた祐雫を比較するようにしっかりと見つめた。