祐雫の初恋
「慶志朗、いつもの葛きりだね。
それを出されると厳しい顔が出来かねるが、
また面白いことを企んでいるらしいな」
祖父・慶之丞は、広縁(ひろえん)に座り、日本庭園を眺めながら、
背中を向けたまま呟いた。
祖父の背中からは怒りの情は窺(うかが)えなかった。
慶志朗は、そのように信じたかった。
「爺さま、申し訳ございません。
麗華さんと琳子さんとの婚約を解消したいと存じます。
ぼくは身勝手でしょうか」
父には、率直に意見を述べた慶志朗だったが、
祖父の前では謙虚に問いかけた。
「はははっ、慶志朗らしいよ。
申し訳ないと思っているのかね。
申し訳ないと思っているのならば、
身勝手だと認めているというものだ」
慶之丞は、お腹を抱えて笑った。
もし、これが息子の竣太朗(しゅんたろう)だとしたら、
笑いごとではなかったが、
孫ともなると大らかな気分で向き合うことができた。
「爺さま、それは……」
慶志朗は、慶之丞の笑いの裏に重い戒めの意味があるのではないかと
困惑して言葉を濁しながら、探りを入れる。