祐雫の初恋

「ぼくは、總大くんに譲りたいくらいです」



「まぁ、慶志朗さん、欲のないこと」



「總大に譲るのか……」
 


 祖父母は、慶志朗の欲のなさに呆れた声を上げた。


「ですが、父上の絶大なる意向には逆らえませんし、

 それにおじいさまの期待にも逆らえません」


「でも、婚約解消は、竣太朗さんに逆らっていらっしゃいましょう。

 總大さんは、早々に相応しい娘さんを婚約者として、

決めてございますのよ」


 千子は、そつがない總大と許嫁の顔を思い出していた。


「確かに總大に相応しい娘ではあったな。

 だが、慶志朗では、もっと違う娘でなければ満足しないだろう。


 麗華嬢や琳子嬢でも良いように思われるのだが……」



「ぼくは、父上の意向の通り、

 嵩愿グループを 継ぐ決心をしております。

 それまでの間、しばらく風になって、

 吹き渡りたいと思っているだけです。

 爺さまには理解していただけると信じて

 ご相談に参りました」



「まぁ、慶志朗さん。

 爺さまをお味方に付けるおつもりでございますのね」



「はい、婆さま。
 
 爺さまだけではなく、婆さまもお味方になってください。

 御二方をお味方に付ければ怖いものなどありません」



「愛(う)い奴だな、慶志朗。

 好きにするがよい。

 許嫁嬢には誠意を持って断ることだ。

 誠意は通ずだ。


 後程、爺からも双方の家に詫びを入れるとしよう」



 慶之丞は、自身の若い頃を思い出して、よく似た慶志朗に相好を崩した。



「はい、爺さま。爺さまのお力添えに感謝いたします」


「まぁ、爺さまは、慶志朗さんに甘いこと。

 婆さまは、はらはらしてございます。

 婆さまは、麗華さんも琳子さんのどちらも好いてございましたのに」


 麗華と琳子の家とは、幼い頃から親交があり、

祖父母の家にも顔を出すことがあった。


 千子は、麗華の佳麗さも琳子の素直さも、

どちらも甲乙付け難い位に気に入っていた。



< 87 / 154 >

この作品をシェア

pagetop