定義はいらない
先生の視線はまっすぐで私は見つめ返すことが出来なかった。


「私、したら好きになります。」

「それは困ったな。」



バーの床を見つめる。

してみたくないと言えば嘘になる。

でもここで踏み出せば、私は大事なものを失う。

嘘がばれないように私は床に穴が開くくらい見つめる。


この人は悪い男だ。

医者としての腕はいい。

でも、男としては最低だ。


「スイートとるんだけどな。」


少しグラつく。

このホテルのスイートルームなんて私は死ぬまで自力じゃ入れないだろう。



必死で亮ちゃんの笑顔を思い出す。

「杏ちゃんのカレー美味しいよ。」

ちょっと水の量が多くてグチャグチャになったカレーを

彼はガツガツ食べてくれた。

そんな微笑ましいエピソードを思い出して

私は先生を見つめ返す力をつける。


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