定義はいらない
電話を切って吉岡太朗のことを考える。


なんで、薬を飲んで当直もできなくなるくらい

自分を追い詰めたんだろう。

「本当は医者を辞めて文学の研究がしたい。」

よく、そう言っていた。

本当にそうしてしまえば良いのに。

もっと楽な病院で

もっと楽な勤務をして

そして趣味に明け暮れて

新しくできた家族を大事にして欲しい。


そう言えば、松木先生に奥さんのことは聞かなかったなと気付いた。


できたら太朗ちゃんのそばにいて欲しい。

松木先生の言うとおり、

あの人は決してメンタルが強い人ではないから。


彼と不倫をしていた4ヶ月間

そして音信不通になってからの4ヶ月間

私は私なりの地獄を抱えていたけれど

やはり彼は彼なりの地獄を抱えていた。


もしここに居たら

もし今この部屋に太朗ちゃんが居たら

私は思いっきり

私の両腕が今まで出したことのない力で

太朗ちゃんを抱きしめる。

愚痴の全てを聞いて、

太朗ちゃんが眠るまで胸を貸す。

太朗ちゃんが望むなら

ともに地獄に落ちる。


だからこそ、奥さんに長野に一緒に付いて行って欲しい。

そう願った。
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