シャクジの森で 〜月夜の誓い〜【完】
“答えは、急がないよ。だが、俺が向こうに帰るまでに決めてくれると嬉しいな”

エリックはそう言って笑って帰っていった。

エミリーの掌の中に指輪の箱を残して。

――エリックは優しい。付き合ってる時もわたしのことを大切にしてくれた。

仕事が忙しくて会えないときは頻繁にメールをくれたし、休みの日には必ずデートをして、いろんなところに連れて行ってくれたっけ。

アメリカに行くって聞いた時はとても悲しくて寂しくて、立ち直るのにとても時間がかかったわ。


テーブルの上には開いたままの読みかけの本が乗っている。

銀のしおりが本の横でキラッと光った。

アランの顔が心の中に鮮明に浮かぶ。


・・・自分で決めたことなのに、いつまでもうじうじしてたら駄目ね。

前を向いていかないと―――エリックにもきちんと答えないと―――

エミリーはクローゼットの引き出しに指輪の箱を丁寧に仕舞った。








「アラン、これはどうすれば良いんだ?」


「それは、一通り目を通してサインして父君に渡してくれ」

「じゃこっちは?」


「それは―――」



執務室の中でパトリックとアランが書類の山を前にして、真剣な面持ちで会話をしていた。

いつも見られる光景だが、その様子がなんだか変な感じがする。

いつもと何か違っている。

紋章つきの正装を着込んで机の前に立っているのはアラン。

席に座っているのはパトリックの方だ。

困惑気味の表情で山と積まれた書類と格闘している。



「――っと・・アラン、待ってくれ。もう一度言ってくれ。これが青の書類箱で、こっちは赤・・・でいいのか?」


「そうだ。やはり君は覚えがいいな」


「お褒め頂き、光栄で御座います」


書類を手にしたまま満足げな声を出すアランに対し、パトリックは椅子から立ち上がって、おどけた様子で頭を下げた。



コンコン!



『アラン様、リックが参りました』


「入るが良い」


「アラン様、準備が整いましてございます」


「分かった。すぐに参る」


「行くのか・・・アラン」


「あぁ、後のことは任せる。なるべく早く戻るが・・・どうなるか、正直分からぬゆえ―――」


「アラン、健闘を祈ってるよ」



パトリックが神妙な面持ちで手を差し出すと、武骨な手ががっしりと組まれ、ブルーの瞳が見つめ合った。



「アラン様、参りましょう。もう夕暮で御座います」
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