シャクジの森で 〜月夜の誓い〜【完】
爽やかな風が吹く午後のひととき。

エレナ自慢のイングリッシュガーデンが見渡せるリビングのテラス。

サンスクリーンが午後の強い日差しを和らげ、気持ちのいい空間を作っていた。

ガーデンテーブルの上にはアールグレイとエレナお手製のクッキーが乗せられ、エミリーとエリックが椅子に座っていた。

たまに微笑みながら話す姿は、傍目には仲睦まじい恋人に見える。

エミリーはエリックに向き合い、先日のプロポーズの答えを出していた。



「仕方ないな・・・」


エリックは手の中の指輪の箱を見て、切なそうにため息を吐いた。


「ごめんなさい。わたし、今好きな人がいるの。その人にはもう会えないけれど、もう叶わない想いだけれど、その人を好きな気持ちは今も変わらないの。多分この先もずっと―――」

エミリーは隣の椅子の上に置いてある本を見た。

風のいたずらでパラパラとページが捲れ、挟んでおいた銀のしおりが露になった。

存在を主張するようにキラッと煌めいている。


――そう、わたしの想いは変わらない。

今まではなんとか想いを断ち切ろうとしてたわ。

でも、しおりを出して使ってるうちに思ったの。

これは、忘れるのは無理だって。

もう無理に想いを断ち切るのはやめようって。

わたしが好きなのはアラン様ただひとり・・・他の誰でもない。



「その銀のしおり綺麗だね。その人がそれをくれたのか?でも、その人にはもう会えないんだろう?」


「そうなの。でも、もう会えなくてもいいの。わたしはここであの方の幸せを願っていたいの。それだけでいいの」


「それは辛いぞ。だけど、お前がそう望むなら仕方ないな。じゃぁ、俺はまた、一年後に会いにくるよ。その頃なら、気持ちに変化が出てるだろうからな。これは、それまでお預けだな」


エリックは指輪の箱をエミリーの目の前にかざした後、ポケットにしまった。

エミリーは切なげに微笑み、瞳を伏せた。


「エリック・・・」



「違う話をしよう。俺、今アメリカにいるだろう?今住んでるところに面白い奴がたくさんいてさ。この前なんて―――」








――テラスの方からエミリーの楽しげな笑い声が聞こえてくる。

ジャックは書斎の中でパソコンをたたく手を止め、窓の外を見やった。



「エリックが来ているのか」


エミリーの笑い声に男の笑い声が混じっている。


――エミリーのあんな楽しそうな声は久しぶりに聞いたな。

園芸店での一件以来、ずっと塞ぎ込んでいたから心配していたが・・・良かった。
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