シャクジの森で 〜月夜の誓い〜【完】
「もうこんな時間か。そろそろ眠るとしよう・・・」

森の脇に立つ小屋の中で、リックは読んでいた本から目を離した。

壁に掛けられている振り子時計は9時半の時を告げている。


明日も早朝から植物の採取をしなければならない。

早く眠っておかないときつい。

仕事とはいえ、中腰での作業は最近特に辛くなってきた。

私も歳を取ったものだ―――

自嘲気味に笑いながら、白髪のまじった顎鬚を撫でる。

そして椅子から立ち上がると、眠そうに欠伸をした。

椅子の傍には、相棒の黒犬バロンがクッションを枕に寝息を立てている。


「今夜は新月か」

空には2つの新月が仄かな光を落としている。

小屋の外には、先も見えないほどに黒い木々が立ち並ぶ。

その先にある、動植物の保護と研究がリックの仕事だ。

ここは普段夜は無人だが、毎回新月の前後の期間だけ早朝からの作業に備えるために、こうしてここに泊まり込む。

「そろそろ着替えるとするか・・・」

リックが夜着に着替えようと手を伸ばしたその時、小屋の外から自分の名前を呼ぶ声がした。


―――リックはいるか


「誰だ・・・こんな夜に」

歳の数ほど刻まれた皺をさらに増やすかのように眉を寄せ、訝しげに頭を傾げる。

用心深く開けた扉の外に、馬に乗った人影が見える。

首元に掛けられたランプの明かりと、小屋からの明かりに照らされた馬上の人を確認すると、細い瞳がゆっくりと見開かれる。


そして慌てて外に飛び出すと、丁寧に頭を下げた。

「これはこれは、アラン様―――こんな夜にいかがなされましたか」

「森へ入る。門を開けよ」


――こんな夜に・・・?

その言葉に顔をあげてよく見ると、手綱を持つ腕の中に綺麗な娘が座っているのが見えた。

「もしや、例のあれを―――?今から向かば丁度頃合いが・・・あぁ、お待ちください。鍵を、今―――」

頷きながらいそいそと小屋の中に入ると、鍵の箱に手を伸ばした。


―”リック、凄く良いところを見つけたんだ”―


―”いいか、このことは母君にも内緒だよ”―


アラン様のあんな顔を見られるとは・・・長生きするものだ。



リックは鍵を手に満面の笑みを浮かべる。

「戻られるまで鍵は開けておきますゆえ、どうぞ―――」


ギィっときしむ音をさせ、森へ続く門が開かれた。


< 69 / 458 >

この作品をシェア

pagetop