36.0℃の熱帯金魚


宝箱に入れておきたい、大切な恋の思い出。

そんなもの、誰にだってある。
特別なことじゃない。

でも、普段は口に出したりしない。

学生時代からの友人である、コウに対してじゃなきゃ、こんな昔話、しない。


「あー、でも」


駅への階段を降りながら、コウが言った。


「でも?」


「オレは好きだよ、マリエのこと」


「へー、そうなんだ……。ナナコさんは、どうした」


おどけた口調で返すあたし。


「ナナコもね、まあ、好きだよ」


「ふーん。好きな人、いっぱいいるのね」


でも時々、酔うとこぼす。

コウは、ナナコさん――会ったこともないコウの彼女――と、あまりうまくいっていないようだ。
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