記憶〜切愛〜
アンジュの席と私の席はそう離れてはいなかったが、間に二人入ってしまって互いの顔は見えなかった。

アンジュに別れを告げると私は自分の席に座る。

しばらくすると気難しそうなメガネの女教師が入ってきた。

テストの説明をしながら紙とペンが配られた。

目の前には紙とペン。

先生の合図でテストが始まった。

私の頭の中が一瞬真っ白になる。

━━…何を書く?

時計の音が私を急かす。

まず落ち着け…

私は目をつむり、記憶の中をかけめぐる。

そして頭に浮かんだ光景を紙の上に叩きつける。

必死になって、時計を見ることもなく。

まわりの音すら聞こえないほどに集中する。

自分自身が絵の中に入り込んでしまうくらいに…

終了時間二分前になってやっと書き終えることができた。

桜の大木を見上げる淋しく哀しげな笑顔の少年。

高すぎて届かない桜にのばした手には鈴のついたゴム。

私には見覚えがないはずの光景だった。

お兄ちゃんはそんなに若くないし、こんな桜の大木も見たことがない。

自分でも不思議に思いながら窓に目を向ける。

私は自分の目を疑った。

窓の外にあるはずのないものがあったからだ。
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