記憶〜切愛〜
「鈴音?」

アンジュが私に声をかけてきたが、その声は右から左へと流れてゆき、私の頭には入ってこない。

私は歩くスピードが徐々に早くなっていた。

学校見学に一度だけ来たことがあったが、まだ校内全てを知っているわけではない。

受験会場の教室も地図を見ながらようやくたどり着けたほど。

それでも私の足は迷いなく進んだ。

誰が教えてくれたわけでもない。

私の体が勝手に行き先を教えてくれる。

まるで体が知ってるかのように。

そんなにその場所は遠くなくて、意外とすぐにたどり着いた。

「…やっぱり、桜、だ…」

早足で来たせいか、息があがる。

大木の横にこの木を植えた年が刻まれた木の杙が埋まっていた。

「樹齢五十年はいってるな…」

杙に刻まれた年を見るとここまで大きい訳がよく分かる。

私は下から桜を見上げていた。

すると自分が試験を受けた教室の窓が目に入る。

なんだか泣きそうな気持ちになった。

悲しくなんかないのに。

「あんた何してんの?」

一人ぽつんと立ち尽くしている私に誰かが声をかけた。

私が声のしたほうに視線を向けると、見覚えのある青年が立っていた。


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