記憶〜切愛〜
彼は行ってしまった。

さぁっと冷たい風が私の足元を擦り抜けていく。

私の髪がふわふわと動いて私の頬をくすぐった。

なぜだろう。

この感じをとても懐かしいと思う。

彼と会うのもここに来たのも初めてに近しいのに。

私はもう一度木を見上げる。

「鈴音!」

今度は聞き慣れた声が私を呼ぶ。

視線を戻しその声の主を見る。

彼は私でない別の誰かを私に重ね愛おしげに見つめた。

悲しそうな笑みをうっすらと浮かべて、おそるおそるゆっくりと私のもとへ歩み寄ってくる。

私はただ彼を受け入れようと微笑みその場に待つだけ。

手が伸びてきてその手が私の頬を髪の上から触れた。

「お兄ちゃん」

私の一言でお兄ちゃんはやっと我に返った。

はっとした顔をしていつもの子供をあしらう時のような笑みに変わる。

「テストはうまくいったのかぁ?」

すっと手を頭のてっぺんに乗せてわしゃわしゃと乱暴に撫で回す。

私はいつもと同じように子供のようにキャーキャーと騒ぐ。

でも痛いほど痛感する。

お兄ちゃんがあの人を思い出していることを。

私と同じ名前の別の誰かのことを。



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