悲恋マーメイド
「…私」


百年、経った。

妹姫の死から百年の月日が経った。

百年間ずっと、女は男のもとに通い続けた。


「あなたに
笑ってほしいわ」


女はずっと
呼びかけた。

ねえ
外に出ましょう。

ねえ
おいしいものを持ってきたの。

ねえ
春の祭りが始まったわ。

ねえ
面白い話を聞いたの。

ねえ
どんなものが好き?

ねえ
夏がきたわ。

ねえ
素敵な歌を覚えたの。

ねえ
その本はなんの本?

ねえ
もう秋が間近ね。

ねえ
こんな噂を知っている?

ねえ
寒くなってきたわね。

ねえ
冬になったわ。

ねえ。

ねえあなた。



私の声は

届いてる……?


妹姫の【声】を閉じ込めた瓶を割れば
男の心は戻ると女は知っていた。

男も勿論
知っていた。

しかしそれは
叶えられなかった。

男はもう恋心など
いらなかった。

明日など
いらなかった。

未来など
いらなかった。

笑顔など
いらなかった。


女にはそれが
哀しかった。


だが強引に瓶を割る事もできなかった。

それは男の心を軽視する行為だからだ。

けれど女は男に心を
返したかった。

明日を
返したかった。

未来を
返したかった。

笑顔を
返したかった。


だから女は賭けた。
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