赤い狼 四
でもそこですぐに聞かなきゃよかった、と後悔した。
「"妃菜"?」
"妃菜"。
今、私が一番聞きたくない名前。
その名前が隼人の口から出た瞬間、拳を握りしめる。
"妃菜ちゃん"と話してるんだ。
そう思った瞬間、何かが切れた気がした。
私と居るのに、"妃菜ちゃん"なの?
さっきまでは私を見てたのに。
床に寝転がったままの私はその場にゆっくりと起き上がる。
そしてそのまま、電話をするために座った隼人に自分から抱きついた。
隼人の動きが一瞬、停まる。
「…っ、稚春?」
隼人が小声で私の名前を呼ぶ。
その声に、体が震える。
隼人、と呼ぼうとして口を閉じる。
今、呼んだら"妃菜ちゃん"に私が居るって気付かれちゃう。
そしたら隼人に迷惑が掛かってしまう。
それだけは駄目だ。
……でも、これだけはしていいでしょ?
隼人の目を見つめる。さっきよりも力を入れて抱き締めて。
――――隼人。
隼人を心の中で呼んで、隼人の頬に軽く口づけをした。