赤い狼 四
「稚春、来い。」
低くて、でも優しい響きの隼人の声が私を誘う。
行かないと決めていたのに何かに引っ張られるようにするすると隼人に足が動く。そのまま隼人の隣に腰かけると目を細めて優しく笑った。
「稚春。」
少し前までは名前を呼ばれても何とも思わなかったのに、今はこんなにも胸がキュウと苦しくなる。
何でか、なんて分からないけど隼人が私を呼んでくれる事がとても嬉しくて。
思わず頬が綻ぶ。
でも、それと同時に思い出してしまう。
『妃菜さんを…隼人さんはとても大事に思ってました。一目で分かるくらいに。』
眉を垂らしながら話してくれた、雷太の言葉を。
「……ねぇ、隼人。」
何とも思わない、なんて思っていたのになんだか急に寂しくなって隼人の顔を見上げて見る。
すると、とても優しく微笑んで。
「何だ?"妃菜"。」
隼人はとても愛おしそうに私ではない名を呼んだ。
それと同時に私の髪をそっと触ってくる隼人に、私も優しく微笑む。
"妃菜"と呼ばれる事にもうすっかり慣れてしまっている自分がとても情けなく感じた。
でも、私は"妃菜ちゃん"じゃなくて稚春だ、と言えるような度胸なんて私にはなくて。